悲しい歴史2・・・!
昨日は残念ながら雪は積もりませんでした。
まあ、パパ的には・・・(-^〇^-)ゞでした。
そのせいか分かりませんが、団ちゃん背中向けてます。。!
いつもブログを見ていただいている「アメリカ片田舎の毎日」でアメリカンアキタのことが紹介されていました。知ってる人は良く知ってますが、知らない人は全く知らない「アメリカンアキタ」のことを調べてみました。
んん?団ちゃん興味あるのかな?少し目が開いたね。
これが「アメリカンアキタ」です。団ちゃん達とはちょっと違いますね。でも、元は同じ「秋田犬」。ではなぜ、アメリカと日本でそれぞれの道を歩くことになったのでしょうか?
以前、「悲しい歴史・・・!」で秋田犬の苦難の時代を紹介しましたが、これもまた人の都合で起こった種の悲劇なのかもしれません。
資料を見てみると、「秋田マタギと土佐(四国にドイツ・ポインター、セント・バーナード、グレート・デーンを交雑させて作出)やマスティフとの交雑が行われ、大型化したがスピッツ・タイプの特徴は失われた。」と書かれています。まさにその頃の「秋田犬」が上の「アメリカンアキタ」とそっくり!!
んんん・・・団ちゃん少し乗ってきたね!!
では、資料の続きを読んでみようね(×ε×(○=(^▽^)o
「1908年に闘犬禁止令が出されたが、大型日本犬として改良保存が図られ、その結果、1931年に9頭の優秀犬が天然記念物の指定を受けた。しかし、第2次世界大戦(1939年~1945年)中は軍用犬のジャーマン・シェパード・ドッグ以外の犬には捕獲命令が出されたので、その捕獲を逃れる目的で秋田にジャーマン・シェパード・ドッグを交配した為に、益々、交雑が進んでしまった。終戦(1945年)後の秋田の状況は、数は激減し、タイプも1.マタギ秋田、2.闘犬秋田、3.シェパード秋田の異なる3タイプが存在し、混迷を呈していた。」
これまた、人間の都合なんだね。「戦争」は人間だけではなく秋田犬をはじめ多くの動物達にも取り返しのつかない悲劇を起こしました。
「へ~!!そうなんだ。。それで??」by龍ちゃん
そうだよ。君達の先輩達は大変だったんだね!では、また資料を見てみようね。
「占領軍として日本に進駐した関係者たちが、マスティフやジャーマン・シェパード・ドッグが色濃く残る出羽系のタイプのものを多数アメリカに持ち帰った。賢く異なる環境に適応する能力を持つこの系統はアメリカ国内の繁殖者を魅了し、繁殖者の数も人気も共に上昇し、発展していった。」
「なるほどね~。それで僕達と感じが違うんだね。」by龍
そうだね。でも元は同じ仲間だったんだよ。でもここでまたいろいろあったみたいなんだ。!ヽ(`⌒´)ノ
アキタ・クラブ・オブ・アメリカは1956年に設立され、1972年10月にはこの犬種のアメリカン・ケネル・クラブ(AKC)の犬籍簿への登録及びショーへの出陳が許可される正規の地位が認められた。しかし、この年代AKCはJKC(ジャパン・ケネル・クラブ)との血統証書の相互承認がなされていなかった為、日本からの新しい血液の交流を図る事が出来ず、1955年頃の犬質、タイプのまま固定化され、同年代に原産国日本でのマタギ秋田を使っての改良繁殖とは異なった道を歩み、アメリカ独自のタイプとして発展した。
なるほどね。分かったかな?これを悲しい歴史と言っていいかどうか分からないけど、秋田犬のいう「種」が人の都合でかき回されたということは事実だね。
秋田犬保存会 秋田犬標準:沈着剛毅、威厳、精悍威勢、素直で忠実、飾り気のない品位と素朴感、視覚・聴覚・臭覚などの感覚が鋭敏、そして動作は鷹揚(おうよう)さの中に敏捷さを兼ね備えている
んんんん?「沈着剛毅、威厳、精悍威勢、素直で忠実・・・?」まっ、いいか???
秋田犬復活に情熱を燃やした多くの先人の方みたいにはできませんが、この仔達を守ってあげなければと思うパパでした。・・・おわり
「終戦(1945年)後の秋田復活発展の過程においては出羽系の金剛号が一時的ではあるが大きくて完全といわれていた。」
この「金剛号」が上の写真みたいな「シェパード色」を色濃く残した秋田犬だったようです。
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コメント
秋田犬の歴史には色々あったことは聞いていましたが、詳しくは…。こんな歴史があったんですね。
あすかパパさん、偉いです。ちゃんとお勉強してるぅ。
投稿 雪の母 | 2008年2月 4日 (月) 16時36分
ふむふむ そういう経過でこんなに違う犬になってしまったのですね。ご説明ありがとうございました。
秋田犬以外の日本犬(狆、柴犬)は日本のと全然変わらないのに、なぜ秋田犬だけこういう形で発展してしまったのでしょうか?戦争中の問題のせい?大型犬だから?狆と柴犬はアメリカに来るのが遅かったのかしら?
また、団ちゃんたちのような秋田犬はどうやって復活したのでしょうか?
パッツスーパーボール敗北残念でした。
投稿 洋子 | 2008年2月 5日 (火) 03時00分
人間って罪深いとつくづく感じてしまいます。まあ、とりあえず団十郎一座を大事にしていきます。
投稿 雪母さんへ | 2008年2月 5日 (火) 12時19分
どうしてなんでしょうね。考えればいろいろあるとは思いますが、唯一秋田犬だけが大型犬だったということが、柴などと違う道をだどった原因ではないかと思います。闘犬は小さな犬では勝てませんからね。いずれにしても悲しい歴史です。
投稿 洋子さんへ | 2008年2月 5日 (火) 12時21分